« 2006年2月 | トップページ | 2006年5月 »

鼻ピアスした人妻が別れ際歌っていたのは白鳥の歌

鼻ピアスした人妻が別れ際歌っていたのは白鳥の歌 (新井蜜)

人妻

三歳の子供がいると聞いて最初に思ったのは一週間も留守にしてその間子供は誰が世話しているのだろうかということだ。配偶者が子供を預かっているにしても仕事もあるだろうし、その間は保育所に預けているのだろうか。三世代同居というのも考えにくいし。配偶者に不満はないのだろうかというようなことが疑問だった。

よく考えてみれば子供がいるからといって人妻だと考えるのは短絡的すぎるのかも知れない。結婚をしていないパートナーがいるのかも知れないし、シングルマザーかも知れないのだから。

翌週は休みを取ってスキーに行くと言っていた。家には帰らず直接行くと言っていたから、そうなれば当然配偶者なりパートナーが子供を連れてきて合流するのだろう。

いろいろ話をしているうちになかなか魅力的な人だなと思うようになってきた。主張することは主張するのだけれども、こちらが別の意見を言うと自分の意見を引っ込めてしまうのが意外だった。

でもどうして鼻ピアスなどしてるのだろうか。

鼻ピアス

最初会ったときは醜いひとだと思った。緊張して顔の筋肉が引きつっていたのかも知れない。左の小鼻のところに金色の鼻ピアスをしていたのもそう思った理由の一つだったかも知れない。

彼女に会う前日に知り合いのイギリス人インタンとゴシックの話をしたことが影響していたのかも知れない。日本にはゴスロリ=ゴシックロリータと呼ばれるものがあるということを話すと、インタンはゴシックとロリータは全然調和しないものだという。少なくともヨーロッパでゴシックと言われるファッションは好感の持てるものではない。ゴシック・ファッションをまとっている人達は好感を持ってもらおうとも思っていない。唇、へそ、乳首等にピアスをしたり、毛皮やチェーンを身体にまとったりというような野蛮さを示すファッションで、ロリータのようにふわふわしたものとは正反対であるという。ゴシックなるものは写真では見たことがあるが実物はみたことがなかった。インタンのそういう話を聞いたことに影響されて、鼻ピアスを見ただけで、こちらが一瞬構えたことが、彼女の顔の表情に微妙に反映したのかも知れない。

同じホテルに泊まったにもかかわらず、食事の話をする前に彼女は一人でホテルを出て行ってしまった。後ろ姿だけ見たのだが昼間の黒いスーツ姿とは違ってジーンズの上に黄色いアノラックを着ていた。最初会った印象よりは若々しい感じの服装だった。初めての町だと言っていたのに、一人でさっさとホテルを出ていくというのはどういうことだろう。夜の町に一人で遊びに行くようなひとなのだろうか。

昼寝

おまえがいつまでも降りて来ないし雨が降りそうな天気だったので「帰ります」っていったら、おまえのお母さんは「あの子はどうしたのかしら」と言って二階に見に行ってくれた。おまえは寝ていたらしい。

「ちょっとだけ横になろうと思ったんだけど、そのまま寝てしまったの」
というのがおまえの言い訳だった。
「勘弁してくれよ。俺だってやることあるんだぜ」
と一応言ってみたが、俺にほかにやることなどないと知っていたのか、
「かわいい子猫が見られたからいいじゃない」
と言われてしまった。

しょうがないから帰ろうとしたら、おまえのお母さんが言った。
「またお茶でも飲みに来てね。お菓子も用意しておくから」
俺が甘いものを好きだっていうことを見抜かれてしまったらしい。暗くなりかけた町を自転車に乗って帰った。

シマウマは死ぬまで縞が治らない 終生変わらぬポチの忠誠

シマウマは死ぬまで縞が治らない 終生変わらぬポチの忠誠 (新井蜜)

子猫

おまえの家は学校から自転車で5分くらいのところにあった。町の中心からははずれているが住宅が立ち並んでいるところだった。家にはおまえのお母さんがいて羊羹とお茶を出してくれた。甘いものが好きな俺は羊羹が食べられてうれしかった。羊羹もおいしかったが一緒に出されたお茶が普段俺の家で飲んでるものよりおいしいお茶だった。ちょっとぬるいお湯で入れたものだった。

お茶を飲み終わるとおまえは着替えてくると言って二階に上がってしまった。二人だけになるとおまえのお母さんは「茶碗を流しに下げて来て」とか「ちゃんと勉強しなさいよ」とか自分の子供に言うようなことを俺に言った。「俺はあんたの子供じゃないんだけど」と思ったけどもちろん口には出さなかった。おまえが降りてこないのでお母さんが猫を見せてくれた。母猫は三毛猫だった。子猫は虎模様だった。まだ目が見えないようだった。お母さんは母猫をいつから飼い始めたとか、どこからもらった猫だとかいろいろ話してくれたけど、俺にしてみればどうでもいいことのように思えた。おまえはずっと降りてこず、俺はなんのためにおまえの家に来たんだと思ったが、猫を見に行くということで来たわけだから文句をいったらいけないかななどと考えていた。羊羹も食べたことだし。

受付にポチによく似た人がいて毎朝いつも本を読んでる

受付にポチによく似た人がいて毎朝いつも本を読んでる (新井蜜)

自転車

俺が高二の春だった、おまえが転校して来たのは。かわいいなと思ったがそれだけのことで、別に特別な感情は抱かなかった。校庭をつばめが低く飛んでいた日だった。休み時間に猫の話が出たときおまえが言った。

「猫の子が生まれたの。見に来ない?」

猫の子を見たいとは思わなかったけど誘われたのを断ることもないと思って行くことにした。どんな家に住んでるのか興味も出てきたし。

俺は自転車で通学していた。放課後にいつもカバンをくくりつけていた荷台におまえをのせて二人乗りして行った。おまえは荷台に横すわりして二人分のカバンを抱え、落ちそうになる。最初はためらっていたふうだったけど、そのうち俺の腰に片手を回ししっかりつかまってきた。女の子と付き合ったことなどなかった俺はおまえの体温を感じてうれしかった。

あの絵本をもう一度見たい

子供の頃に見た絵本。
子供向けの絵本なのにリアルな絵だった。
鎌倉時代の話。幕府に謀反を起こし鎌倉から武士がつかまえにくる。
誰かが誰か寝ている人を殺そうとして寝床の上で刀を振りかぶっている。その刀を振りかぶっている男の臑の毛むくじゃらな様子がリアルに書かれていた。この場面の絵だけが蘇ってくる。
島流しにされた父親(?)を助ける?

あの本の名前はなんだったっけ

あの本はなんというタイトルだった?
少年の頃に読んだ少年向けの本。
親のない少年が船にのって南方に出かける。堺の港だったような。
帆船だから昔の話。南蛮人が来た頃?
犬が出て来た。白い日本犬。当たり前だね。こんな昔にラブラドールが日本にいるはずがない。

あの映画はなんという題だったろう

断片だけが浮かんで来る昔見た映画、あれはなんという映画だったろう。
砂漠に立ってる建物が爆発する映像。
バックにローリングストーンズのYOU GOT THE SILVERが流れていた。

好きだった女の子の名前を忘れてしまったような気分。
手の温かさは覚えているのに。

バス停

「バス停」という言葉が好きになった。短歌をやり始めたこの一年の間に。「バス停」という言葉を使った歌がこの言葉を僕の頭に深く刻み込んだのだろう。

いくつか引用させてもらいます。
無人島みたいな雨のバス停で救われなくてもいい気がしてる(百田きりん)
雨の夜はいつものバス停傘さしてアナタの乗った終バスを待つ (富田林薫)
バス停をはさんで広がる5メートル このハートからチョコよ飛び出せ( 宇津つよし)
「ママの馬鹿!」 バス停目掛け 駆けて行く 女子高生の 口に食パン (タイラー&トマソン)
旧跡や名所じゃなくてバス停で読んでた本をふと思い出す(辻一郎)
バス停の屋根から草がはえていた バス停からははえてなかった (宇都宮敦)
雨の夜はあのバス停で傘さして20時ちょうどのネコバスを待つ  (勝浦鰹)

こうやって見ると「バス停」という言葉は日常語ではあるけど歌によく使われているようだ。


これはバス停でなくてバスだけど好きな歌。
終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて (穂村弘)


「笹公人の短歌blog」のベタンカに投稿した歌
楽聖の生まれた町のバス停でパンク聴いてる金髪少女 (新井蜜)
いつまでも来ないあなたをバス停でずっと待ってる日曜の午後 (新井蜜)

「枡野浩一のかんたん短歌blog」に投稿した歌
日曜のバスは待ってもまだ来ない ごめんねきみのせいではないね (新井蜜)

朝顔

穂村弘さんの歌に

女の腹なぐり続けて夏のあさ朝顔(べんき)に転がる黄緑の玉 (穂村弘)

というのがあるけど、これ怖いねえ。
最初はね普通の話と思ってたホラーだったと気づく真夜中 (新井蜜)
っていう感じだね。

「女の腹なぐり続けて」ってどういうことなんだろう。この女の人はお腹が大きいに違いない。きっとそうだ。太ってるわけじゃなくてお腹に赤ちゃんがいるんだ。そのお腹をなぐり続けてたということなんだ。とってもこわい。
(「ゆひら」ってはしゃいでる場合じゃないよ。体温計ってのも女性の生理を連想させるね。)
朝顔が出て来るのも嫌悪感で吐きそうになったからだね。黄緑の玉って樟脳の玉だよ。あの鼻につーんとくるような臭いがただよってくるようだね。黄緑色って血の色の補色なんじゃないかな。
夏のあさなんだね。寝不足で腫れぼったい目をして朝顔にむかってオエーってしてるんだね。

ホラーではStephen KingのCARRIEとMISERYが好き。

海亀のスープ

「海亀のスープ」というゲームをしたことがある。

「男が海沿いのレストランで海亀のスープを注文した。運ばれてきたスープを一口飲んだ男は、それ以上スープを飲むことなく店を出て行ってしまった。そしてその晩、その男は自殺してしまった。どうして男は自殺してしまったのだろうか?」
この問題は、解答者が出題者に質問を繰り返すことにより解いていくというものなのだが、出題者は質問に対し「はい」「いいえ」「関係ありません」の三種類の答えだけしかしてはいけない。質問と答えを繰り返すことによって、徐々に答えを推理して絞っていくというもの。

とても面白いゲームだった。

穂村弘さんの有名な歌

卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け  穂村弘
を読むときにいつも感じるのだが、海亀って大きくて強いんだろうけど、のそのそ歩くイメージがする。しかも背が高い動物ではなく地面を這って歩くもの。「飛び乗って手榴弾のピン抜」くというと何かかっこいいというか勇ましいというかスピード感のある動作のように思える。で、この二つのイメージが重なると、「いきがって頑張ってるけれども頓馬なことをやってる奴」という感じがしてしまう。(ところで手元に本がなかったのでこの歌をWebで検索したんだけど、最初のところが「卵産む」となっているものと「卵生む」となっているものとが半々くらいの比率で引っかかってきた。ちゃんとチェックして載せて欲しいなこういうものは。後で本を調べたら「卵産む」が正解。)

「不思議の国のアリス」に出てくる<まがい海亀>(mock turtle)は、<まがいタートルスープ>(mock turtle soup)《子牛の頭などを用いたタートルスープに似せたスープ》の材料になるものという意味で作者が創造したらしい。

つまり、もともと海亀のスープ(turtle soup)というものがあり、それのまがいもの(mock turtle soup)が作られて食されていたという事実があった。( )で意味をくくって書くとmock (turtle soup)なのだが、ルイス・キャロルは、(mock turtle) soup <= 「にせ海亀」のスープ>のように組み合わせ、英語の言葉遊びで、現実には存在しないmock turtle (にせ海亀)なるものを発明したのだ。日本語の場合、「まがい海亀のスープ」のように「の」を間に入れると、ルイス・キャロルが意図したような意味に取るのが普通だろう。もともとの意味を表わしたければ「海亀スープのまがいもの」とでも言えば誤解がなくなる。

キッチンに立つたびきみを思い出す 穂村弘のファンだったきみ (新井蜜)

ABS

朝から雪が降ったり晴れ間が出たり変な天気だった。一時、あられが強く降り建物の中にいてもザーという音が聞こえてきた。

帰ろうと思ったときにぼたん雪に変わり積もりそうな勢いだったので、積もらないうちに早く帰ろうと事務所を出た。ガレージから外に出ると空が暗くなっており雪の勢いはさっきよりも強くなったようだ。5分も経っていないくらいの短時間に道路には雪がもう積もっていた。スリップしないようにゆっくりと走った。カーラジオにバリバリという雑音が聞こえると同時にピカッと光りすぐに雷鳴が聞こえた。雪のときの雷は珍しい。空は暗く雪がますます強くなったので前が見えにくい。

前の車もゆっくりと走っている。赤信号で止まろうとブレーキを掛けるとガガガガという音がしてタイヤがガラスの粒々の上をこすって動いているような衝撃がブレーキペダルを通じて伝わってきた。前にも経験していることだが最初これを経験したときは車が壊れたのかと思って怖かった。確かめたわけではないがABS(Anti-lock Breaking System)が働いたのではないかと思っている。信号が青に変わり発進するときもゆっくりと発進しないとガリガリとなる。

信号のない横断歩道があった。自転車にのった男性と歩行者の女性が車の切れ目を待っていた。前の車との間を空けゆっくりと走っていたためか自転車の男がこちらが止まるのを確認せずに渡り始めた。急ブレーキを掛けると滑ると思ってブレーキをゆるゆると踏んだのだが車の速度は落ちない。道路が乾いていればちょうど手前に止まるくらいの強さで踏んだはずなのだが、このまま行くと自転車にぶつかっていまう。あわてた。ぶつかりそうになったのでブレーキを強く踏んだらまたガリガリという音がして直前で止まった。

歩行者の女性の方はこちらがまた動き始めると思ったのか渡り始めない。女性と目を合わせると女性は安心して渡り始めた。視線を合わせただけなのだが、先方は「先に渡ってもいいか」と聞いているようであり、こちらは「お先にどうぞ」と言ったつもりである。無言で身振りも手振りも示さなかったのだけど目と目を合わせるだけで意思が通じるというのが面白い。(ただ、たまに相手の意思を誤解するときもあるけど。)

何台かに追い抜かれたが前の車も遅かったのでゆっくり家まで走った。途中、前に車が通ってなくて雪が積もったままのところを通ったがブレーキをかけずにゆっくり走ったためか滑りもせずガリガリも言わず通れた。

家に帰り着いてほっとした。ワイパーでかき寄せられてフロントガラスの横に固まったようになっている雪を取り除いた。雷は止んでいるし雪も小降りになっていた。前線が通りすぎたのかも知れない。ちょうど一番ひどいときに走ってたようだ。

中指の付け根の白い傷跡の痛みを思い出せないでいる (新井蜜)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年5月 »